なくて、誰がお前のことを何う云つてゐたぞといふ風にばかり吹聴して他人と他人との感情を害はせた。そして、その間で自分だけが何か親切な人物であるといふ態度を示したがつた。彼も例の黒表の一名だが、おそらくその原因は、その「親切ごかし」なる仇名に依つたものに違ひなかつた。倅の松二郎が亦性質も容貌も父に生写で「障子の穴」といふ仇名であつた。
 眼のかたちが障子の穴のやうに妙に小さく無造作で、爪の先で引掻いたやうだからといふ説と、障子の穴から覗くやうに他人の噂を拾ひ集めて吹聴するからだといふ説があつたが、彼等に対する人々の反感は積年のもので、一度はどちらかゞ担がれるだらう、親と子と間違へさうだが、間違つたところで五分五分だと云はれた。
「繁ひとりが云つてゐるんぢやないよ、阿父さん――」と松は何やらにやり笑ひを浮べながら父親へ耳打した。
「ふゝん、酒倉の伊八や伝までも――だつて俺たちは別にこの人達をかばふわけでもないんだが、そんなに訊いて見ると……な、つい気の毒になつて……」
「止めないか。僕等は何も人の噂を聞きに来たわけぢやないぞ。若し、この人の仕事に就いて君達自身が不満を覚えるといふなら、そのま
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