る酒の靄《もや》は、享《う》ければあわや潸々《さんさん》として滴《したた》らんばかりの味覚に充ち澱《よど》んでいた。――鶏小屋の傍らでは御面師が頻《しき》りと両腕を拡げて腹一杯の深呼吸を繰返していた。彼も「酒の酔い」を醒《さま》そうとして体操に余念がないのだ。――万豊が地団太《じだんだ》を踏みながら引き返してゆく後姿が栗林の中で斑《まだ》らな光を浴びていた。線路の堤に、青鬼、赤鬼、天狗、狐、ひょっとこ、将軍などの矮人《こびと》連が並んで勝鬨《かちどき》を挙げていた。――もともとそれらは私たちがつくった成人《おとな》用の御面なので、五体にくらべて顔ばかりが大変に不釣合なのが奇抜に映った。音頭大会の日取はまだ決らないが、出場者の多くは面をかむろうということになって、日々に註文が絶えなかった。たとえこれが今や全国的の流行で踊りとなれば老若の別もないとはいうものの、まさか素面では――とたじろいて二のあしを踏む者も多かったが、仮面をかむって、――という智慧《ちえ》がつくと、われもわれもと勇み立った。名誉職も分限者《ぶげんしゃ》も教職員も自ら乗気になって出演の決心をつけた。どんな歌詞かは知らぬが鬼
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