情だった。では元々そういう温顔なのかと想うと大違いで、邸の垣根を越える子供らを追って飛出して来る時の姿は全くの狼で、不断はレウマチスだと称して道普請《みちぶしん》や橋の掛替工事を欠席しているにもかかわらず、垣も溝も三段構えで宙を飛んだ。
 そのうちにも、さっきの子供たちがばらばらと垣根をくぐり出て芋畑を八方に逃げ出して来たかと見ると、おいてゆけおいてゆけ野郎ども、たしかに顔は知れてるぞなどと叫びながら、どっちを追って好《い》いのやらと戸惑うた万豊が八方に向って夢中で虚空を掴《つか》みながら暴《あば》れ出た。万豊の栗拾いにゆくには面をもって行くに限ると子供たちが相談していたが、なるほど逃げてゆく彼らは忽《たちま》ち面をかむってあちこちから万豊を冷笑した。鬼、ひょっとこ、狐、天狗、将軍たちが、面をかむっていなくても鬼の面と化した大鬼を、遠巻きにして、一方を追えば一方から石を投げして、やがて芋畑は世にも奇妙な戦場と化した。
「やあ、面白いぞ面白いぞ。」
 私は重い眼蓋《まぶた》をあげて思わず手を叩《たた》いた。私の腕はいつも異様な酒の酔いで陶然としているみたいだったから、そんな光景が一層不思
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