にふくれているそうだった。
 私と同居の御面師は、とっくに天気を見定めて下彫の面型を鶏小屋の屋根にならべていた。私は鋸屑《おがくず》を膠《にかわ》で練っていたのだ。万豊の桐畑から仕入れた材料は、ズイドウ虫や瘤穴《こぶあな》の痕《あと》が夥《おびただ》しくて、下彫の穴埋《あなうめ》によほどの手間がかかった。御面師は山向うの村へ仕入れに行くと、つい不覚の酒に参って日帰りもかなわなかったから、よんどころなく万豊の桐で辛抱しようとするのだが、こう穴やふし瘤《こぶ》だらけでは無駄骨が折れるばかりで手間が三倍だと滾《こぼ》しぬいた。今後はもう決して酒には見向かずにと彼は私に指切りしたが、急に仕事の方が忙しくて材料の吟味に山を越える閑《ひま》もなかった。万豊は下駄材の半端物《はんぱもの》を譲った。値段を訊《き》くとその都度は、まあまあと鷹揚《おうよう》そうにわらっていながら、仕事の集金を自ら引受け、日当とも材料代ともつけずに収入の半分をとってしまうと御面師は愚痴を滾した。万豊は凡《すべ》てにハッキリしたことを口にするのが嫌いで、ひとりで歩いている時も何が可笑《おか》しいのかいつもわらっているような表
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