らない。
 いつものやうに自分は、今机に向つてゐるが、何も考へてゐない。別段、消極的に陥つてゐるわけでもない。一つの物体が、秋の夜の爽やかさの中に置かれて、爽やかさも感じてゐないまでのことだ。……そして、いつもの通りまつたく無感想状態なのである。たゞ、秋になつたので多少しのぎ好くなつた。長い夜ばかりの夏だつた――思ひ出すのも堪らない。
「さて、今夜は――?」
 せめてカル子の幻が、もう少し生々と甦つて呉れでもすると好いんだがな? 今日だつてカル子に起されて、夕方まで話をしてゐたんぢやないか。自分は、カル子が嫌ひなどころか、この頃では恋情さへ持つてゐるんだ。
 だが、いつも彼女に会ふ時は、寝呆けてゐるので、飛んでもないことばかり喋舌つてしまふ。
 たしかに彼女は、美人に相違ない。
 今思つて見ると、さつき会つたばかりの彼女が、幻灯程にも浮んで来ないのは、残念である。――あした、こそ、はつきり感じて置かう。で、でもなければ、この心では、あんまり空々しくつて、あの手紙の返事も書けやしない。手紙を書くのは、愉快だらうな! こんな静かな秋の夜に、斯うして、独りで、この旧式なアメリカ製のランプの下
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