ゥ称科学者が、顕微鏡下に、人畜に害をなす怖るべき病菌を見て、思はず見震ひを感じたのであるが、大人であることゝ、研究家であつたことゝを顧みて、擽つたく身震ひを堪へながら、唖然として、厭々ながら眼鏡を眺いてゐる愚かな見得坊に過ぎなかつた。無能な衒学者に過ぎなかつた。カラクリの眼鏡を覗いてゐる児童に過ぎなかつた。また、何の得も取れない詐欺師にも等しかつた。――まつたく彼は、こゝで厭な顔を現さずに凝つとしてゐることは、如上の形容でも足りぬ程、随分苦しかつたのである。
「なア、タキノや――」
「アツハツハツ――まつたくだなア。」
いくら程あれば、以前の運送店を取り戻して、あんな働きのない夫などは頼まずに――云々といふ、彼女は、癖になつてゐる愚痴を滾して、夫を批難しはじめてゐた。――母から遠ざかれば、いくらか彼は救かつた。
「それツぽツちのこと、何とでもなるさ。」
何となく彼は、吻ツとして、ほんとに、それツぽつちならといふ気で、何の成算もなく
「俺がやる/\。」などと、景気好く叫びながら、また呵々と笑つた。――讚同しないと、怖い気もしたのである。
彼は、斯んな場合に限らず、一寸感情がもつれる
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