uお前は、なかなか感心だよう。」
 カツ! と、風船玉のやうな己れの頭をはぢいて、彼は――この「悪婆」の面上に唾を吐きかけてやる! やれる境遇か? やる[#「やる」に傍点]代りに、こゝで己れの母をカツと罵るか? 罵れば、代りにはなりさうもない、心から己れの母を罵つてしまひさうである……何と、この「悪婆」が手を叩いて嬉ぶことであらう、相手が此奴でさへなければ、自分は声を挙げて自分の母を罵れる、そして清々する……いや、鏡に向つて、同じ程度にこの二人を罵つてやりたい、いや、鏡では、自分の馬鹿面が写つて噴き出してしまふだらう。天に向つて演説するか? 星を見れば、斯んな亢奮は、また鵞毛になつて飛散してしまふだらう……(あゝ、俺は、とてもこの眼前の妖婆には敵はない――)
 そつと彼は、にやにやしてゐる「妖婆」の横顔を眺めると、間もなく此奴に酷い幻滅を覚えさせる程のボロが現はれて、と忽ち妖婆は悪鬼となつて、胸を突かれ腕をとられて、子供諸共戸外にほうり出されてしまひさうな危惧を覚えて、――ふと、その危惧が反つて思はぬ安易に変つたり、自分の母からの白々しい通信に滑稽な戦きを持つたりした。――彼は、幼稚な
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