な希望」とか、「大きな力」とか、何でも思想的に花々しく、勇敢なことを思はうとした。何の目的がなくても、故意にさういふ空想に走ると、変な力を感ぜられるものだ――そんな気がした。五六年前の同人雑誌の連中が、それは彼のやうな口先きのことゝは違つてゐたのだらうが、それに類する大きな亢奮をしてゐたが、そんな気に故意に浸つて見るだけでも奇妙な呑気さが感ぜられる――彼は、自分は漸く今になつて彼等の域に達したのか――などと思つて、一寸空虚な力を感じたりした。
(あゝ、それが、また自惚れだつた……力だ! などと思つたのは……何といふ馬鹿/\しい自分だらう! 吾家に忍び込まうとする泥棒の気焔だつたのか! あゝ!)
「吾家《うち》も、他家《よそ》も――そんな区別が……」
「――なるほどね。いつの間にかすつかり一ツ端の酒飲みらしくなつたね……見たところ、いかにも酔、陶然のかたちだよ、一寸羨しいな!」
藤井は、彼の云ふことが、聞くのも面倒だつたので、さう云つて、風にゆられてゐる如く上体をゆるがせてゐる彼の姿を、凝ツと眺めた。
その時彼は、突然大きな声を挙げて笑ひ出し、藤井と周子を茫然とさせた。――親が自分の家に入つた泥棒を捕へて見たら、それは自分の子であつた……さういふ諺見たいな話があつたと思ふんだが、さつぱり面白い諺ぢやないが、誰だつたか? 自分の知合の者で、それを実行した奴があつて、いつだつたか、大いに笑つたことがあつたが、えゝと? あれは誰だつたかね? ――彼は、さつきからそんなことを思つてゐたのだが、突然今、気がついたのである。――(何アんだ、この男か、あまり眼の前にゐたので、そして厭に大人振つた口ばかり利いてゐるので、すつかり見失つてゐた、――うん、さうだ/\。)
「藤井、藤井! おい、君!」と彼は、ひとりで可笑さうにクツクツと笑ひながら、
「君は、ハヽヽ、ずつと前、ハヽヽ、自分の家に、ハヽヽ、泥棒に入つたことがあつたつけね、ハヽヽ。」と、大変なことでも発見したやうに笑つた。
藤井は、赤い顔をしてうつ向いた。藤井は、放蕩の揚句家を追はれてゐた頃、実際にそんなことを行つた経験があつた。――今になつて、そんなことを云はれたつて藤井は、大して恥しくもないし、別段可笑しいこともなかつた。
「そして、ハヽヽ、あの、ハヽヽ、あの時、君は、ハヽヽ、捕へられたのだつたかね、ハヽヽ。」
「おひ
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