゙は、ありふれた親父らしく眼をむいて、
「ゴロスケにやつてしまふぞ。」などと、さう云つても一向平気な英一を悸したりした。彼の故郷では梟のことを俗にゴロスケと称び、魔法使ひの異名に用ひた。幼時彼も往々家人から、さう云つて悸されたが、
「ゴロスケとなら一所に住んでも好いよ。」と、云つて祖父を口惜しがらせた。
「ゴロスケつて何さ、田舎言葉は止めて下さいよう。」などと、周子は云つた。彼女は、もうそろそろとほとぼりが醒めて自家との往復を始めてゐた。時々賢太郎も、草花などを持つて訪れて来た。賢太郎は、相変らず吾家でごろ/\してゐるらしいが、外出の時は私立大学の制服などを着てゐた。
また、或る日彼は、郷里の区裁判所からの書留郵便に接して、刑事に踏み込まれでもしたやうに胸を戦かされた。
土地家屋競売の通知書だつた。彼の「海岸の家」は、高輪の原田の家の代りに抵当になつてゐて、高輪が残り、これが失はれたのである。
「俺の親父が斯んなことをする筈がない、チヨツ、チヨツ、……あゝ、もう海の傍にも住むことは出来ないのか。」
「何さ、自分の方で訴へて置いて……」
周子は、洒々としてゐた。彼は、憤る張り合もなかつた。――間もなく、伝来の屋敷あとの土地や、少しばかり残つてゐた蜜柑山の競売通知書も配達された。
「あゝ、これは親父の土産か!」
彼は、さう云つて苦笑を洩した。「ハヽヽヽ、面白くない話だなア。」
「うちのお父さんに頼みなさいよ、何とかなるわよ。」
「何とかすることは巧いだらうよ――ぢや、頼まうかね。」と、彼は、弱々しく呟いだ。
母からも手紙が来た。彼女は、未だそんなことは知らないらしかつた。そして、彼の著述の催促などをして寄した。秋になつたら、御身の新居を訪れ傍々、芝居見物の為に上京したいからその節はよろしく案内を頼む――そんな文面もあつた。
「秋になつたら――か!」と、彼は繰り返して、母の来遊の日を変に楽しく待ち遠しがつたりした。
また、当方を顧慮することなく、ひたすら勉学にいそしみ余暇あらば風流に心を向け給はれかし、とか、御身の為に蔭膳を供へ始めたり、尚また震後頓に涌水鈍りたる旧井戸を埋め、吉日を選び、新たにこの借地の泉水の傍に掘抜き井戸を造るべく井戸清に命じたれば、御身帰郷の節には前もつて通知あらば、新しき水に冷菓冷酒を貯へ置くべし――などと報じてあつた。[#地から1字上
前へ
次へ
全55ページ中54ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング