鎧の挿話
牧野信一
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)妙《たへ》公
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ゴク/\とラツパ飲みをしながら、
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五人力と称ばれてゐる無頼漢の大川九郎が今日はまた大酒を呑んで、店で暴れてゐる――と悲しさうな顔で居酒屋の娘が、私の家に逃げて来た夕暮時に、恰度私の家では土用干の品々を片附けてゐたところで、そして私は戯れに鎧を着、鉄の兜を被つて、ふざけてゐたところだつた。私は、喧嘩や力業には毛程の自信もなかつたが、
「怪しからん奴だ!」と呟いて、そのまゝ居酒屋へ赴いた。
「妙《たへ》公、出て来い、さあ、出て来い!」
九郎が娘の名前を叫んでゐた。片肌脱ぎで片手に酒徳利を掴んでゴク/\とラツパ飲みをしながら、閻魔の形相であつた。皆な逃げてしまつて、太く物凄い九郎の喚声ばかりが陰々と響き渡つてゐた。私は薄暗い酒場へぬつと入つて行つたが、あたりがもう暗過ぎるためか、それとも酒のために九郎の眼は眩んでゐるのか、彼は私に気づかぬやうであつた。そして切りに怒鳴りつけては、盃などを天井に投げつけたりしてゐ
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