ても時々あなたにお手紙を出さずには居られませんでしたの――」
「どうも有り難う。――僕には手紙は書けないんです。――その代り……」
「でも妾、そんなこと夢にも考へなかつたのに――幸福だわ。」
「……(階段)の人物は、あなたの想像通り、あれはあなたの――僕に映つた映像でした。僕は無意識にあれを描きました。今日、あなたの手紙を見て僕は、吾ながらはじめて気づいたわけです。あなたの映像はそれほど深く僕の胸底に沁み込んでゐたわけです。でも僕は、眼近くお目にかゝるのは今日がはじめてゞす。斯うして、お目にかゝつて見ると、あの画中の人物は一層あなたに似てゐるといふことが、僕自身にはつきり解つて来るのです。不思議でなりません。架空のつもりで描いたものが、それほどの結果になつてゐたことを思ふと僕は或る運命感さへ抱きたくなります。」
 久保は、このことに話が触れはじめると今迄の遠慮深い態度はすつかり姿を消して、自信に充ちた声で話すことが出来るのであつた。
 二人が久保のアトリエに来たのは、夕暮時であつた。――向ひ会つて椅子に腰を降しても、未だ彼等は「階段の人物」に就いての奇蹟的話材に興奮してゐた。

   
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