。
「でも、あなたは、これから稽古へいらつしやるのでせう?」
「お稽古なんて何うでも好いわ――無論休みますわよ。ね、何うして今日、突然に……好くお解りになりましたのね。」
「えゝ――お茶の水から、あなたと一緒の電車に乗つて来たのです。……いや、僕はあそこで、あなたのいらつしやるのを待つてゐたのです。」
「まあ……妾、ちつとも気がつきませんでしたわ。」
いつか二人は、さつき久保が美奈子に初めて言葉をかけたあたりのところまで歩いて来てゐた。
「それあさうでせう。僕は、これまでだつて何度とも数へきれぬ位ゐ……あの駅で、あなたにお目にかゝつてゐるのです。……いや、彼処で、そつとあなたを待合せて、同じ電車に乗つて……」
「まあ――。ぢや、何うしてそれまで妾にお言葉をかけて下さらなかつたの?」
「それが、何うしても出来なかつたのです、でも僕はそれで満足してゐたのですが……」
「酷いわ……」
「それが、今日のあなたの手紙を読んで……僕は決心して……」
「ぢや、妾の手紙をやはり、あなたは読んでゐて下すつたのね。妾は、どうせお読みにならないか知ら――位ゐにしか思つてゐませんでしたのよ。それでも、何うし
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