たわ。随分驚きになつたでせう!」
 と好意に溢れてゐる様子で近寄つて来たのである。
 そして娘は、キヨトンとして眼を白黒させてゐる久保の手をとつて、
「ほんとうに御免なさい。」
 とあやまつたりした。
「ぢや、あなたは、やつぱし、あの川瀬美奈子さんだつたのですか?」
 久保は悸々《おど/\》と訊き返した。
「あんまり突然で、妾、変になつてしまつて、うつかりあんなことを云つてしまつたのよ、堪忍して下さいね。――でも、直ぐに思ひついたので、慌てゝ妾も追ひかけて来たのよ。でも、あなたは、夢中で駈けるほどの速さで、あたしが、幾度も/\途中で、もし/\! もし/\! とお呼びしても、何うしても振り返つて下さらないぢやありませんか。妾、困つてしまつて、とう/\此処まで追ひかけて来てしまつたわ――」
「それは、何うも……」
 久保は、安心だか、何だか、わけのわからぬ激しい目眩ひを感じて、今にも倒れてしまひさうであつた。
「喫茶店でもないでせうか、この近くに――?」
「妾、お茶なんて欲しくありませんわ。――歩きません?」
 美奈子は、久保の腕をとつて散歩に誘ふのであつた。
 久保は、夢のやうな気がした
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