たのだつたならば到底裸婦の姿には描けなかつたらう――と思つた。
何時もは新宿まで来ると下車してしまふのであつたが、いよ/\東中野まで来てしまつた。
美奈子は譜本をとぢて、落着いた脚どりで降りたつて行つた。――久保は稍おくれて、見失はぬように努めながら追ふて行つた。
踏切りで、汽車が来たので稍暫くの間降車客は行手を塞がれたが、久保は群集の中で彼女に声をかけるのには余りに臆病過ぎて、直ぐその傍らに立ちながらも、凝ツと、知らぬ気な素振りを示して居ずには居られなかつた。
陸橋を渡つて、杉垣にはさまれた屋敷通りに来た時であつた。
久保は、五六間もおくれてゐる間隔を、思ひ切つて駆け寄り、
「美奈子さんぢやありませんか?」
と、真ツ赤になつて声をかけた。
四
美奈子は立ち止まツて、振り向くと、其処に見知らぬ男を見出したので、不思議さうな、そして稍憤ツとしたかのやうな顔をして、
「あなたは――?」
と問ひ返した。
久保は激しく震へる胸を辛うじて怺えながら、
「僕、エカキの久保です。」
と帽子をとつて云つた。
「…………」
美奈子は、一層不思議さうな眼をして久保の顔を
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