に二度宛午後一時前後にこの駅から電車に乗つてピアノの稽古に通つてゐる――もう大分前にそのことを美奈子の手紙で知つた久保は、屡々此処に来て彼女を待ち合せて、秘かに傍見してゐるのであつた。制作にとりかゝつてからも、続けてゐた。そして、彼は、架空的なつもりで一人の女性を描いたのであつたが、やはり、美奈子自身にまでも、それが彼女に似てゐると解るほどであつたか? 彼は幻の女性を描いたつもりであつたから、自身ですら、それが美奈子に似て出来上つたなどゝは決して思ひもしなかつたが……。
「さうです、あれは、あなたの映像です、私は夢であなたを描いたのです。」
久保は、今日美奈子に出遇つたら、臆せず斯う云つてやらうと決心したのである。そして、今迄も人知れず、此処に来て、あなたの姿を眺めてゐた。――等々のことも悉く告白しようと思ひきつた。
駅前で車を棄てると久保は、いつものやうに東中野までの切符を買つて(美奈子も其処で降りるのだ。)プラツトホームに入つてゐた。
いつもその頃は、未だ学校の退《ひ》ける少し前であつたから構内は殊の他人影が疎らであつた。久保は膝の上で、雑誌をめくりながら二三台の電車をやり過
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