ふことになるのが常例なものだが、美奈子のそれには今日の日まで一言もそんな類ひの言葉は誌された験《ためし》がなかつた。
返つて此頃では久保の方が、美奈子の手紙に接する毎に「是非会つて見たい」といふ風な心地に駆られ出してゐた。だが、久保は、此方からそんなことを云つてやるのは、不見識のやうで、堪へずには居られなかつた。今年の夏、海辺で、弟が撮したのだと云つて手紙に封入して来た写真を見ると、美奈子の風姿は、あらゆる点で近代的の要素に恵まれた見るからに清新な明るいモダン娘で――久保の憧れに一致する女性型であつた。
よく、あんな風な娘が、斯んなに根気好く手紙などを書いたりするものだ! と久保は思はずには居られなかつた。
その日美奈子から来た手紙の一節に次のやうなことが誌されてゐるのを久保は、読んで微かに胸を震はせた。
「今日も妾は会場に行つて、あなたの作品の前に一時間も立ち尽しました。今日は三度目の見物です。――斯んな大胆な自惚れみたいなことを云ふのをお嗤ひ下さい。ですが、妾は(階段)の画面を斯うして凝つと眺めてゐますと、何故だか――」
「階段」といふのは久保の今年の制作の命題である。白い階
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