階段
牧野信一

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)験《ためし》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)姉はこれ[#「これ」に傍点]を

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いよ/\東中野まで
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     一

 川瀬美奈子――。
 さういふ署名の手紙が久保に、はじめて寄せられたのは、三年も前のことである。久保は、手紙を書くのが不得手だつたので、まつたく返事を出したことはなかつたが(それに、何時のでもそれは返事を必要とする手紙ではなかつたからでもあるが――。)必ず一ト月のうちには一二度宛、自分の消息やら久保の作品に寄せる好意の言葉などを誌してよこすのが常だつた。
 久保はアパートに住む若い生真面目な洋画家である。三年前の二科展覧会に彼の作品がはじめて当選して以来、彼の作品は年毎に画壇に異彩を放つてゐた。云ふまでもなく美奈子の初めての手紙は、その時の久保の作品に感激のあまり書き送つたものであつた。
 だが、そのやうな類ひの文通は多くの場合、是非お目にかゝりたい、とか、お訪ねしても関はぬか、とかい
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