が、私は、「馬鹿ア!」と叫んで、猛然と娘に飛びかゝつた。そして、彼女の頬をめがけて平手を飛ばしたが容易にあたらなかつた。――私は、もう夢中だつた。――砂をつかんだ! 無茶苦茶に投げた! 自分の着物の袖をひきちぎつた! 独楽のやうに狂つた! ……グラ/\と眼が廻つてゐるので暴れるのには却つて都合が好かつた。私は、転んだ。立ちあがると、直ぐに転んだ! 口にも鼻孔にも砂がさん/″\にとび込んだ。――何んにも見えなかつた。私は、ブランコに唾をひつかけた。
いくらか落着いて、眼を見開いた時には、どこにも娘の姿は見えなかつた。
*
至極おぼろ気な記憶である。
「海棠の家」
と私達は、稀にその家を口にする時には、たゞさうよんでゐた。それが私は、はじめその家の姓かと思つてゐたが、ずつと後になつてさうではないことに気がついたくらゐなのである。
庭に海棠の樹が沢山あつたので、その家のことを私の家の人々は、いつ、誰がいひ出したともなく、昔からさうよびなれてゐる風だつた。――その家と吾家との関係も私は知らない。たゞ、花の季節になると、母と私は遥々と花見に出かけるのが常だつた。
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