駈けのぼつて……お化けなんてゐやあしないわよ。意気地なし……」――「ほうら! もうどこかへ見えなくなつてしまつた。だけど、こはれちやゐないことよ。きつと、二階の隅にとまつてゐるよ。……早く、見つけておいでツていふのに。」――「天井裏にね、昔、おしおきに使つた竹の鞭があるよ。それは、触るとお爺さんに叱られるけれど、あんまり愚図々々してゐると、それを出して来てあんたをひつぱたくよ。」
*
私は、あの娘の笑ひ顔を想像することが出来ない――笑つた顔を見たことがない。痩せてゐた。そして脊《せい》が竹の子のやうに細長かつた。顔色ははつきりと青白かつた。私の町からでさへ何里も離れてゐる片田舎で、あたりは丘と麦畑ばかりのところにある家だつたが、娘の身装《みなり》は、その頃の私に芸者の子のやうだと思はせたほど派手だつた。
「もう帰らう、母さん。」と私は母にせがんだ。母は、娘の祖父と母と対座して、海棠の花が満開の庭を眺めながら、花見の御馳走になつてゐるのであつた。
「妙《たへ》は?」と娘の母は私にたづねた。私は、猫のやうにおびえて母の蔭に縮こまつてしまつた。――普段友達といふ者が
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