うかも記憶がない。庭にぼんぼり[#「ぼんぼり」に傍点]がともされて静かに夜を更すのであるが、どんな催しがあつたかもまるで覚えてゐない。夜の記憶は、もつと前の年のことかも知れない。――その日の夕方、私はひとりで馬車に来つて帰つて来てしまつたやうな気もする。
だが、海棠の花の下に四つ五つのぼんぼりが桃色に滲んで、大へんに美しく見えた記憶は残つてゐる。
*
翌年あたりからは、私の代りに、漸く歩き出したばかりの私の弟が、母につれられて行くやうになつたのであらう。
私の朧気な記憶は、こゝでぴつたりと絶たれてゐる。
どこでゞもとまる乗合馬車を、その家の門の前に止めて、いつも私たちは翌日の昼過ぎにそこを辞するのであつた。
別れを惜んで海棠の家の人々は、皆門先に立つて私たちを必ず見送つたが、いつの時でも、なぜか娘の姿はそこに現れたことはなかつた。別段誰も怪しみもしなかつたが、私は、娘がひとりで何か遊びごとに熱中してゐるのだらうと思ひ、どんな遊びをしてゐるのだらうか? ――と考へた。
――――――――――
何だか、ばかにわけあり気のやうな話しになつてしまひま
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