したが、これは、これ以上に何の意味もありません。われわれが、子供らしい遠回しな恋でも囁き合つたのではないか、とでも誤解されると、どうでも好いことですが、私としては、折角話したこの話の甲斐もなくなつてしまふのです。どこにも私たちは、そのやうな片鱗さへも感じてはゐなかつたといふことは、言葉を改めて断つておきたいのです。少年の淡い恋を語る位ならば、私は決してこんな話はしません。

          *

 地震であの家は、バラバラに潰れた。
 娘の祖父は、大分前になくなり、その母もなくなり、何でも娘は地震の四五年前から精神が怪しくなつてゐたが、世間には知れずにひとりであの家にずつと住んでゐたさうであるが、住家がなくなると同時に、気違ひであつたといふことが村中に初めて知れ渡つた。中には、地震でそんな風になつたのだと噂してゐる人もある。娘は、今はひとりで小屋みたいな家に住んでゐる。私の母は一ト月に一度位ゐづゝ見舞つている。私も行きたく思ふのであるが、どうかすると今の私は、あのお妙《たへ》さんに新しく、怪しく胸が戦く不気味な危惧を覚ゆるので、辛うじて秘かに控へてゐるのである。
 今ではあの村の直
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