。」
私は、自分が意気地なしにされた不満を覚えたが病気と聞いたので堪《こら》へたやうにうなづいたが、内心私は、とてもかなはないやうな気がしてゐた。
娘は、まだ土蔵から出て来ない――何かいふなら今のうちだと私は思つた。
「父親がないと思ふと可哀想で――」と娘の祖父はいつた。
*
私たちは、ブランコに乗つた。私は、この遊び道具を好まなかつた。ひとりで、あまり大振りをせずに乗つてゐる位なら辞退するほどではなかつたが、大振りは肉体的にかなはなかつた。機械体操なら多少の離れ業が出来るにもかゝはらず、特にこの遊び道具が私には適してゐなかつた。少し大振りを試みると私は五体が硝子の壜に化したやうな寒さに戦くのであつた。そして、眼がまはつてしまふのであつた。
だから私は見物をしてゐた。
娘は、これが非常に好きだ――といつた。朝晩これに乗つて一回づゝおそろしい運動をしないと、
「気色が悪くつて――」
いちにち中わけもなく焦れつたくてならない、何んでもないことに堪らない癇癪が起こつて、どうかすると飛んでもない乱暴を働いてしまふやうなこともある――といつた。
はじめ彼女は、私の弁解を素直にきいて、では少しの間待つてゐておくれ、一汗絞つて清々《せい/\》としてから今度こそは面白く相手になつて遊ぶからといふ約束だつた。そして彼女はシヤツ一枚になつて裏庭に出かけたのであつた。私の眼にさへ、もうおかつぱでは可笑しく映つたほどの年頃に見えてゐたが、彼女の髪は、短いおかつぱだつた。毎朝髪の毛を洗はずには居られない性分で、と彼女の母がいつてゐたことがある。――長い袖の着物を脱いで土に汚れたシヤツ一つになつた娘の容子は、私には思ひも寄らぬ姿だつた。
これは学校のブランコのやうに巌丈で、おそらく三間にも達するであらうほどな湿りを含んだ綱が、静かに垂れてゐた。これは大事にしてゐて、運動が済むと、先にカギのついた長竿でいちいち取りはづして自分で物置きにしまふのだ――といつてゐた。まはりには、土を掘りのけて深々と砂が盛られてゐた。
私は、そこにもある海棠の古木によりかゝつて彼女ひとりの遊びを待つことにした。その花の頃に、花見に訪れるのが例だつたのでそんな気がしたのかも知れないが、彼女の家には海棠の樹ばかりが多かつた。
彼女は、決して私などを眼中に置くことなしに熱心な運動を試みた。――徐《おもむろ》に、彼女の乗つたブランコは、巨大な時計の振子のやうに、砂を払つてゆるやかに空《くう》を蹴つた。やがて振子は半円に達するほどの弧を描いた。風笛《サイレン》のやうに凄じい音もたてかねまじき勢ひで程好い重味を持つた振子は、鮮かに地をかすめたかと見ると、忽ちまり[#「まり」に傍点]のやうに中空に浮びあがつた。眺めてゐても、どうして次第に波動を高め、そしてあの大弾動を保つてゐるのか、別段彼女の姿勢には努力の影も見えず悠然と構へてゐるのに、あまりに呼吸が巧なので私にはその要領さへ見定めることが出来なかつた。――ある時は彼女の顔色は、奈落の底に突進する人のやうに刹那的の眼を見張つたかと思ふと、忽ち翻つて、幸福の殿堂に一散に飛び込む者のやうな晴々しい眼を輝かせた。さうかと思ふと、天日を仰いで浩々然と胸をひろげた。
私は見物してゐるだけでも足のうらがムズ/\として堪らなかつた。――「今度は英ちやん乗つて御覧!」と彼女は、約束を裏切つていひ出した。「振れなければ、あたしがおしてやるから!」
私は、竦然として、物もいはずにその場を逃げ出したのであるが、樹《こ》の間《ま》を一寸のあひだグルグルまはつただけで直ぐにつかまへられてしまつた。
彼女の唇は神経的にふるへてゐた。
「チヨツ/\/\――あゝ、焦れツたい。」と彼女は病的に鋭く叫んで、私の腕を抜けるほど引ツ張つた。
そして、私にはあんな他人の心持はわからない、ヒステリックとでもいふべきか? 眼尻を釣りあげて、何としても臆病な私には刃向《はむか》ふことの出来ない例の調子で、
「どんなひどい目に合すかも知れないぞツ!」と、まつたく絹を裂くやうな声で噛みころした。――殺されるかも知れない! ほんとうに私はそんな気がした。
彼女は、己れの五体を地面に叩きつけずにはをられない、無茶に――発作的にそんな非常識な癇癪に燃えたつてゐた。
私は、唖然として、引かれるまゝにブランコの上に立たされた。
「何をぼんやりしてゐるんだよ。さつきからあたしは、お前が馬鹿面をして折角の運動を見物なんてしてゐるんで腹がたつて仕方がなかつたんだ、何んにもなりあしない! あゝ、気持が悪い。」――「あたしのやつた通りな大振りをしなければ、どうしても我慢が出来ないぞ。……突き飛ばすぞ!」
それでも私が、ぼんやりしてゐると、彼女はいきなり綱
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