浜から窓をめがけて、声をそろへて、
「ムスビとサイダーを持つて来てくれーツ」などゝ叫んだ。一度で反響がないと、反響があるまで同じ言葉を繰り返したりした。
「毎日、こんなことをしてゐれば、俺は実に呑気で、平気だね。」
「あそこにペンキ塗りの家を建てゝゐるだらう、あれは何でも東京風のカフエーにするんだつて話だぜ。」
「そいつア好いな。」と、藤村は膝を叩いた。
「反つて斯ういふ処には、素晴しい美人が忽然と現れるかも知れないぜ。」
「山の家の方に追ひやられるといふのは何時頃だらう。」
「夏になると、家の者や親類の奴が、交り交りに出掛けてくるんだらう。それとも親爺の慾深が、誰かに法外の値段で売りつける話にでもなつたのかも知れないよ。何でも大分僕の家は、この頃景気が悪いらしいから。」
「厭だな、山の方へ行くのは……」
「きつとさうだ、売るに違ひないんだ、――山の家といふのは君、それやアひどいものだぜ、地所の目標代りに立てた掘立小屋同様のものなんだ。」
「ぢや湯なんて引いてなからう。」
「湯どこの騒ぎぢやない。つまりあそこへ行けば畑の見張り番にされるわけなんだよ。」
「見張り番! でも好いな、さうい
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