あそこまで案内してくれない?」
「オレは船が嫌ひだから。」
「オレは、ボートは好き!」と彼女は、笑つた。私は、彼女がだんだんに私の気質を知つて来るやうな気がして愉快だつた。決して彼女の習慣に阿《おもね》らぬぞ――私は、そんなことを思つた。
「で、アナタのプランとは何でしたか?」
 まだか! と私は、煩《うるさ》く思ひ好い加減にごまかさうとして、重々しく、
「相当――」と、云つた。どんなに言葉のうけ交しが変梃《へんてこ》なかたちにならうとも、向方も不思議に思はないのが私は、面白かつた。
「唖者にも夢がある、彼自身に許されたる夢がある――さういふ意味深長な諺《マキシム》が支那の昔にあるんだ、解る?」
 私は、無鉄砲に好い加減なことを口走つた。彼女が、一寸キヨトンとしたのが面白かつた。唖子ノ一夢ヲ得ルガ如ク、只自ラ知ルヲ許ス――そんなウロ覚えの怪し気な古語を私は、偶然思ひ出したのだが、さう云つて馬鹿気た見得を切つた刹那に不図私は、妙な寂しさに駆られて、沈黙の洞窟に吸ひ込まれた。私は、横を向いて、くつきりと浮んだ遠くの青い島を見た。
 私達は、出口が幻灯のやうに映つてゐる環魚洞のトンネルに入つ
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