う――とさつき奥さんは、拳固を固めて、そして水車小屋へ遊びに行つてしまつたわよ。」
その傍から、また村長が、決闘の仲裁を私に詰ります。――私は何も彼も解らなくなつてしまひ、
「それぢや一体俺は誰と決闘したら好いんだい、ワーツ!」と叫んで、酒注台に薔薇のさゝつてゐたジヨツキをとりあげ、花を投げ棄てゝ、その水をあふりました。
*
斯のやうに私は、その生活を歌のために踏みにぢられ、悲惨な目に遇ひながらも飽かずに往古の哀歌詩人《エレヂスト》の上を想ひ、羨んでゐたところが、近く私は、村長の頼みに依つて、登場歌《パロドス》――合唱歌《スタシモン》――哀悼歌《コモス》――の三部より成る酒神頌歌を創ることになつたのであります。
で私は、その構想に寧日なき有様です。この歌が出来たあかつきには、この居酒屋の常連は毎夜これを歌ひ、大方の論争も悲劇も喜劇もなくなるであらう――といふ村長の心遣ひから出たのです。私は、私の歌があの酒場で皆々に歌はれる時が来たら何んなに悦しいことだらう――と思ふと総身に不思議な胴震ひを覚へ、愉しさのあまり烈しい頤ばたきさへ起るのであります。
それで、
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