HとRは私と共に住んでゐる大学生であるが、常々思想上の差異から反目してゐる仲だつた。反目者が共和生活を保つてゐるといふのは不思議であるが、二人の間に介在する私が何方《どちら》の思想にも点頭くといふやうなお調子者であつたから、私さへ居れば三角的の平和が辛うじて保たれてゐるのであつた。たゞ稍ともすれば、一方の者から其処に居ない方の者に就いての攻撃論を聴かされるのが幾分私は苦手であつたが(私は、そんな場合に思はず相手の云ふなりになつて、興奮をさせられてしまふのが癖だつた。)私は、種別の如何を問はず「人の情熱」を尊重する質であり、稀に見る一途の情熱に恵まれてゐる彼等を同程度に烈しく敬つてゐたし、また、二人は私の小屋に起居しなければ野宿をしなければならぬ立場にある最も貧しい芸術家であつた。私は、彼等に就いては、その思想と情熱とそしてその顔かたち以外に関しては、何んな経歴も知らなかつた。面倒だから、たゞ大学生と称んでゐたが、実際では何処の大学の卒業生であるか、または在籍者であるかも知らなかつた。そればかりでなくHは鉄砲にRは釣に得意であつたから、今では若し彼等が出奔したならば反つて私の方がたぢろぐ
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