アテナイの一|哀歌詩人《エレヂスト》に依つて歌はれると、見る間に怖ろしい伝波の翼に乗つて、北はテツサリイを越へて大陸へ、またはイオニアの海を渡つてローマ帝国へ、黒海を胯いで東方諸国へ――忽ちのうちに津々浦々までもひろまりました。
遠く Khufu 王の御代に源を発し、五千年の歳月の空を飛んで或夜私は、テテツクスの夢を見ました。オリムパスの山を目がけて、まつしぐらに飛んでゐる一尾の蝉であります。耳を澄ますと彼女の翅ばたきの音が言葉になつて聞えるのです。
(若しもあの男が自分でつくつた歌を自分で歌ふことが出来たならば、あの男が犯してゐる凡ゆる罪を許してやるのだがな……)
諸君一体私は何んな罪を犯してゐるのでせう、……」
この辺まで歌つて来ると私の目の前は、にわかにぐる/\と回転し出して危く昏倒しさうになりました。――「で、私のあの折々の憂ひを含んだ表情は……自ら犯したと云はるゝが知る由もない罪を探つてゐるのではない……間もなく訪れるであらう、テテツクスの季節が案ぜられるのだ……」
私の声色は激流に乗り出して、次第に当り前の演説口調になりかゝつた。すると連中は涌き出して、「恋に焦れて
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