るわけにも行かずに戦ひを続けてゐた。玄吉は調子づいて踊つた。見物達は腹を抱へて笑ひ転げ、可憐な道化者の為に精一杯の拍手を放つた。」
間もなく彼の、うつかり――彼の槍の尻がゴツンと玄吉の頭にひどく当りました。玄吉が悲鳴を挙げます。玄吉は、面を脱ぐ気力もなくその儘ワーワーと泣きました。見物人は大変玄吉に同情しましたが、それでも失笑を洩すものもあります。玄吉の滑稽で悲惨な姿に人気が集中します。
「舞台では三平等の合戦が尚も続いてゐたが私は、玄吉にかまつた方が多少でも見物の注意を引くので親切ごかしに彼をなだめた。玄吉は両手でしつかりと面をおさへて、ワーワーと泣いた。こいつ甘えてワザと泣きあがると私は憎々しく思つたが、やさし気になだめた。
一寸と手荒な行動で私は玄吉の面をもぎとつた。彼の顔中は涙だらけだつた。やはりほんとうに泣いてゐたのかと私は思つて軽い好意を持つた。人気役者の素顔に接した見物は好奇の目を視張つてざわめいた。と玄吉は「アーイ」と最後の涙声を振り絞つて、見物の同情に報ゆるやうにニヤリと笑つた。」――。
「安心して帰つた母親が迎へに来て玄吉が帰ると、
「新ちやん、また遊ばう。」と
前へ
次へ
全34ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング