をあけて一寸と駆けて見ろ、それあ好い気持だぜ。」
「眠気はどうだ?」
「大分好さゝうだ。だが喋舌る種が切れると困るだらう……この頃は君、月が出るのは何時頃だか知つてる? 十一時から十二時の間だ、好い朧夜だよ、たしか見事なハーフ・ムーンだつた。それから……」
Aは、独白の種がなくなると、第一節がどうの、第二節がどうのと切りに呟きました。今日は別ですが、小説の話になると私は受け答へが出来ません。だからAだつて私の前で滅多にそれを口にしたこともありません。Aと私は子供の時からの友達です。Aも私も同じ学校の文科を出たのですが、専門が恰で違ふので仕事の話は殆ど取り換したことはありませんけれど二人とも他に親しい友達がないので昔のまゝに往来してゐるのです。Aは小説や戯曲を書いてゐるのですが、私は彼の作品を読んだことがありません。他意はないのです、機会もないし、また彼は私にさういふ類のものを味ふ頭がないことを知つてゐるので一切求めないのです。さうだ! 私は、たつた一篇彼の処女作とか云ふものを読んだ覚えがあります、たしか私達が二十一二の時です。何故覚えてゐるかと云ふと彼がそのノート・ブツクに書いてある
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