ドを茶筒のやうなボール箱から取り出して、丁寧に開いて、いちいち前説明をしながら順次に鳴らした。
 それでも祖母は、ランプの下で不思議さうに聞いてゐた。
 母は、夫がこれと一処に附けて寄したレコードの説明書きを、今度は稍々開き直つて読みあげた。
「第六号。」と母は、内側に[#横組み]“No 6”[#横組み終わり]の貼り紙がしてある円筒を片手に取りあげながら「第六号――是ハ余等ノ学友ガ卒業記念ノタメニ自ラ作成セル歌詞ニ自ラ作曲シタルモノヲぴあのノ伴奏ニ依ツテ合唱セルヲ吹キ込ミタルモノナリ 謝恩唱歌ノ類ヒナリ 意ハ略スガ音律ニ依ツテ聞カバ己ズト通ズルモノアラン 余モ亦唱歌者ノ一員ナリ」と読みあげた。母は、もう吾家で読み慣れてゐたからどの説明書きも暗誦してゐたが、これは又事新し気に朗読した。そして私も、それ程聞き慣れてゐたので、母の様子がわざとらしくをかしく見えた。――私の父が前の年にアメリカ・フエーヤーヘブンの或る田舎の中学を卒業した時の記念品だつた。父は三十歳であつた。そしてこの年から都に出てカレツヂに入学したと報へて寄した。
 短い合唱歌である。
「どれが、父さんの声だらう?」
 私達は
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