方を睨めてゐた。
祖母は、一人の息子を東京に住はせて永年独りでこの古い家に住んでゐた。孫は、私より他になかつた。私の母は、こゝの一人娘で近所に嫁いでゐた。母は、七才の時に父を亡したさうである。
私の胸には、無性に怖い戦きと、月夜と柿に関する理論的な疑ひとが、ちぐはぐにうずくまつてゐた。――私は、そんな想ひを払ふやうに、
「今夜、母さんが蓄音機を持つて来ると云つてゐたよ。」と云つた。
「私は異人臭いものは真ツ平だ。聞きたくないと云つてゐるのにこの間うちからお静が――」
「英語だからさつぱり解らないよ。」などと私は、はつきり阿る心を承知しながら遠回しに祖母の歓心を買はずには居られなかつた。
母は、提灯を吹き消して、
「蓄音機は、あとから国さんが持つて来る。」と云つた。祖母の家の唖の下男が、全部の道具を一まとめに容れられるやうに日本の建具屋に工夫させて拵らへた白木の箱を、軽いけれど重い物を持つやうに物々しく抱へて来た。その中には六本のレコードと、小さなメガホンと、仕掛けがむき出しになつてゐる小型の機械などが別々に板で仕切られて容れこしになつてゐた。
母は、綿にくるんである筒型のレコー
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