つて、藪の奥へ投げ棄てたのである。祖母は、喰べるためにとつた果物が喰べられずに棄てなければならない時には、果物に向つて人に物を言ふ如くに謝罪して、芽が出る時を待つといふやうな励ましまで述べて、成仏させるのが常習だつた。その仰山な言棄を嗤ふ者もあつたが、私は嗤へぬやうに心から訓練されてゐた。
 苦い顔はするだらうが、実際としての「月夜と柿の渋の話」は取り消して、それを冷い訓話に換へるだらう――と私は思つたのであるが祖母は、頑として、
「だから、その時は未だお月夜のうちだつたんだよ。」と云ひ放つばかりであつた。
 お月夜だつたかしら?
 考へて見たが私は、夜のことは思ひあたらなかつた。私は、ほんとうに自分が負けたのかどうか? は解らない気がしたが、何となくつまらなくなつて、
「早く母さんが迎へに来れば好いな。」と呟いだ。笑顔をつくりながらではあつたが祖母に、折角なつた果物を喰べられもしないうちから無駄にするやうな人間は碌なものにはなれないぞ、これからは云々と堅く訓められて、おそろしく私は怯かされた。藪根の草葉の中から、歯型をつけられたまゝ棄てられてゐる青柿に眼があつて、憾みをのんで凝つと此
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