、その時は、この前のお月夜のうちだつたんだよ。お前はそんなことにも気がつかなかつたのか?」と祖母は、私の強情を折つた。
そんな話は、祖母らしい単なる童話的のものに過ぎない、と私は思はずには居られなかつた。でなければ、柿の実を、点いたり消えたりする灯りにでもなぞらへるより他はなかつた、私の想ひでは――。
「そんなに早くから柿などを喰べる馬鹿はない、勿体ないことだ!」
案の条祖母は、さう云つた。そして樹木の生命を説いた。熟らぬ果物を無駄にすることが如何に罪深い悪徳であるか! といふことを因果に律して物語つた。――だから自分には「月夜と柿の渋の話」が実際とは思へないのであるが、別に、祖母の宗教的な訓話は常々から体得させられてゐた。そして、怖ろしかつた。私は、近所の子供達のやうに熟らぬ果物に手を出したりするやうな悪戯は、決して行つたことはなかつた。
余程思ひ切つた上で自分は、今祖母に、この間一寸と喰べて見た! といふことを告げたのである。疑ひを晴すために、青い実をもぎとつて噛んで見たのであるが、その時は確かに渋くはなかつた。だが、甘味もなかつたし喰べつゞける元気は持てなかつたので、眼を瞑
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