な力も持つてゐたのである。そして、間もなく幻灯のピントが極度に明るくピタリと一定した瞬間と同じやうに、美しい月の光りが大手を拡げて輝き渡つた刹那に出遇ふと、あの無数の柿の実は、感極まり、一勢に打ちそろつてハラハラと最後までの涙を滾し切つてしまふのである……。
「おや、あんなに好いお月夜だつたのに、雨にでもなつたのかしら?」
 眠りに就いてゐた人々は、ふと耳をそばだてゝ斯う呟くに違ひない。――翌朝人々が起き出て見ると悉くの柿の実が一夜のうちに明るい赤味をつけてゐる。人々は己れの眼を疑つた。そして彼等は、あの雨がこの奇観をもたらせたのだらうと思ふ……。
「キネオラマ見たいだね。」
 自分の思ひ過しを忘れて私は、嘲るやうに呟いだ。祖母の話を信じるには自分は、そのやうに花々しい奇蹟を想ひ描かずには居られなかつた。私は、万の窓々に一時に灯りが点るキネオラマといふ見世物を例に思ひ出して、祖母の提言を無稽に嗤つた。――「いくらお月夜になつたつて、そんなに急に渋がなくなるなんて!」
「誰がお前に嘘をつくものか。」
「それに――この間、一つとつて、一寸と舐めて見たけれど、やつぱり甘かつたよ。」
「だから
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