ついての問答をとりかはしてゐた。初めの月夜に出会つた時に青い柿の渋は一度はなくなるが次の闇夜が来ると、それはもう一度もとに戻つてしまふのである。そして二度目の月夜が回つて来ると今度こそはほんとうに渋味がなくなつて、はぢめて柿はうまく喰べられるやうになるのだ――。
さう祖母は、いつものやうに説明したのであるが私は、諾かぬ風に首をかしげてゐたのである。
「ぢや、お月夜にさへなれば直ぐにその晩から急に渋はなくなるの?」と私は、まさか! といふ調子を露はして問ひ返した。
「さう。」
祖母はきつぱり答へて「あゝ、その晩から。」と深く点頭いた。馬鹿気てゐる! と私は思つた。
祖母の家の周囲には、私になじみの深い柿の木が十何本も数へられた。――どの木にも、これがやがて赤く熟るのかとは想像も出来ない堅くて青い果実が鈴なりになつてゐた。私は、水のやうに明るい月光が樹々の上にさらさらと降り灑ぐ夜の光景を想つた。無数の青い実が蒼白い光りを浴びて、光りに磨かれて生々と浮びあがつた。青い実の滑らかな膚は、冷い汗を滲ませた。夜露ではない、あの苦々しい渋味が汗になつて滲み出たのである、月の光りは、そんな不思議
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