で自分の姿も掻き消えてしまひさうだつた。
「…………」
 自分は、たゞ母に同意してゐるやうな態度を保つて、妻に関する批難を予期してゐると、母は、ふと、慎ましやかに気色を変へて「その方が好いよ、でないと周子も私と同じ目に遇ふかも知れない。」と云つた。
「目に? ……」
「当人が一処について行くと云ふんなら結構ぢやないか。」
「……え!」
「英吉はあづかるよ、一年位わけもないことだ……」と母は、はじめての孫のことを云つた。
 母にとつても未だ吾々が傍にゐない方が好いのかも知れない――さう思ふと私は、母に一層安心も覚えたが、ふと私は、そつと唇を噛むほどな異様に意地悪るな爪と何も知らない退屈の手に襟がみをとられて、新しい夢から、悪く住み慣れてゐるもとの自分の世界に無惨に引きづり返された。

[#5字下げ]その二[#「その二」は中見出し]

「月夜になると――」と祖母は説明した。たしか、この次の月が十五夜にあたるはずだが、それまでには未だ七夜も過さなければなるまい? と祖母は暦を繰りながら、
「月夜にならなければ!」と、横柄に唇を突らせて更に呟いだ。
 月のない或る初秋の晩に祖母と私は、柿の渋に
前へ 次へ
全34ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング