妻のことを余融あり気に冷たく母などに向ひ、また自分に向つて吹聴するものゝ、はぢめのことなどを考へて見れば、自分のみが決して空々しく受身なものではなかつた。それなのに自分には、はぢめから或る不誠実性があつた、自分が最も憎む! 男の不誠実性が――。自分達は、夫々の両親に失望させて、野合的な結婚をしたのに!
そんな想ひにつまらなく辟易して白々しくなると自分は、自分の怯惰を幼年期からの変則な家庭の罪にした。型だけは厳めしいが、おそらくヒステリー的であつたらう母方の若くして後家になつた祖母と、そして母とから、自分は何かを歪められたのだ。その間で自分は、父方の無智に呑気な祖父母から甘い惰眠を授けられたのだ。そして私には、見たことのない父が遠い国に居るといふことを忘れられなかつた――。結局私は、父方の朗らかに放縦な血を何かに奪はれ、母方の根強い自尊心と謹直な保守性を何かに盗まれて――私は、斯んなに痩せてしまつたのだ。私みたいな姿の者は良家の誰にもなかつた。私の面だちは、両家の誰の面影をも伝へてゐなかつた……自分は、何処までも弱々しくそんな想ひが伸びて行くのに、踏み止まる力を失ひ、煙の中に吸はれ込ん
前へ
次へ
全34ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング