に如何に欠けてゐることか? 何といふ粗暴な女であることよ! さういふ意味のことを悪く微温的な調子で語り合ふのが常だつたが、そして自分は秘かに自分達の卑俗性を感じて浅猿しさに打たれるのが常だつたが、また自分が母の先に立つて左様なことを口にすることも多かつたが――だが自分は、今ではもう潔癖からではなしにそんなやりとりが馬鹿/\しかつた。
「…………」
 だから自分は、母に反対する言葉を放つて見事にその不気嫌を買ふほどの生気もなく自信もなかつた。私は、妻の前で口笛を吹いた通りに烏耶無耶に、にや/\してゐるばかりであつた。そして、そんな場合には、終ひには知らず識らず走る、己れの菲薄性を宿命的に踏みつけるやうな妄想に駆られて、極めて漠然と業を煮やすのであつた。男の不誠実に不平を鳴して見たり、また女の自尊心の邪しまな強さを嫌つて見るのであつた。例へば、母のみを孤独に放つて、自分の立場ばかりを野卑に賑はしく吹聴したといふ父の姿は、寧ろ悄然と頼りなく写つた。凝つと堪えて、無味な日を送つて来た不幸な母の姿は、却つて力強く怪し気な光りを持つて私に迫つた、そして私に怪しげな安心を与へた。
 自分にしろ今こそ
前へ 次へ
全34ページ中22ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング