がゝつてゐるんだね……加けに、事件が斯う通俗的では物語にしても面白くはあるまい。」
 わざとらしく自分は、そんなことを云つて退屈さうな笑ひを浮べたりした。
「でも、あたし何だか嬉しいわ。」
 日が経つに伴れて私は、妻同伴といふことに非常なつまらなさを覚ゆるやうになつて仕方がなかつた。目的なんぞはどうでも好い、独りで伸び/\とする航海を続けたい、でなければ行き甲斐がない――そんな希ひが強くなつて仕方がなかつた。一年ばかりの予定だつた。
 置くとなると妻は母と一処にしなければならなかつた。自分の胸には、そんな思ひがあるといふことは自分としても容易に妻に打ち明けることは出来なかつた。
「阿母さんは、N――のことはほんとうに知らないのかしら?」
「知らないことはないでせう……」
 ――「周子は、嬉しがつてゐますよ、一処に行くことを!」
「あれは平気だらう、あんな風だから――」と母は、厭味を示して嗤つた。いつも自分は、こんな時に母に妥協する追従の言葉を吐くのが習慣だつた。そんな場合にだけ自分は、わずかに、不健全な親孝行を感じた。母に引き比べて自分の妻などが、若さなどの点では許されない女のたしなみ
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