来た妻は、どうかすると今でも自分が彼女の前などで父を口にする場合などには却つて他易くなつてゐる父の洋名を、こんな場合に彼女が真似て用ひると何だか自分は酷く厭な気がしてならなかつた。――だが、あの計画をたてゝ以来は彼女が、大変に安価な浮れ口調を用ひても自分は、これまでのやうに妙に気六ヶ敷気な顰め顔もしないで、却つて軽々と雷同することの方が多かつた。彼女は、急に洋服などを着はじめて英会話の練習に通つたりしてゐた。自分にも彼女と等しくその必要はあつたのだが私は、一寸と改まるとなると普段の会話でも、行儀正しく向ひ合つては酷く駄目な質で話の出来ないことには慣れてゐたから、そんな練習はいらないと思つた。尤も練習したならば寧ろあの方が無神経に話せるだらうといふ気もしたが、そんな妹や、不思議な継母に会ふのには話などは流暢でない方が自分にとつては都合が好い気がした。それに、おそらく未だ日本語を忘れてゐないだらうF――がゐるから差支へない、彼女とは私は、自国のどんな婦人と話す場合よりも無神経に、此方も故意に稚々と運ばなければならなかつた吾らの言葉での何年かの交際に慣れてゐたから。
「吾家も、これで仲々芝居
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