と池のまはりをつき合つてゐてやれば好かつた、あそこで独白を呟いでゐたら、困つて自働車に乗るやうな破目にもならなかつたらうに!)
 私は、Aの来るのを心待ちにしてゐるのですがそれ以来もう二タ月あまりにもなるのに未だ姿を現しません。

 Aの細君は、Bのところへ行つて来ると云つて夫が出かけてから三日にもなるのにまだ帰らないので、Bを訪れた。
 Aの机の周囲は、書き散らしの原稿で埋つてゐた。
 その中で、割合にまとまつてゐる現実的なものを一つ二つ抜萃する。(他の断片は、悉く夢のやうな甘いお伽噺とか、池の囲《ま》はりで彼が呟いた放言の延長見たいな実感は怪しまれる訳のわからない感想風のものばかりである。)

[#5字下げ]その一(中途から。)[#「その一(中途から。)」は中見出し]

「それも好いだらう、未だ阿父さんの知り合ひも向方にはあるさうだから。」と母は、自分がその話を持ち出した時に大して驚く様子もなく賛成した。――「あるんだらう、お前も文通してゐるんだらう。」
「それあ――」と私は点頭いたが、母と共に露はに語り得ない事がこの渡航計画の一因なので自分は、母を気の毒に思つた。同行が出来るとい
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