actical English の個人教授に通つたといふことを自慢して、言葉の合間などには、往々私に解らない英単語を交へるやうな女だつた。私は、或る私立大学の英文科に籍を置いてゐたが、英語の小説すら原書では読めなかつた。
「だが――」と私は、一寸胸を衝かれて、
「いざ実際となると中々六ヶ敷いからな。」
 などと変に不平気に呟いた。Fが日本語が喋れなければ、私と交際出来る筈はなかつた。彼女は、五六年も日本に滞在してゐたから、日本会話は相当巧みなのだつた。私とFとの会話は、和語が主だつた。
「だつて好いわよ。」と、照子も不平さうに呟いた。
「だが――」と、私は更に語尾を濁らせて、相手に聞えぬ程度の小言を何か口のうちでブツブツ呟いてゐた。
 単に、かかる卑しい心の遊戯は別として、彼女達を紹介すると、私が如何に惨めな法螺ふきであつたか! といふ事実が彼女達に知れてしまはなければならなかつた。私は、Fの前では、照子といふ女が、自分の[#横組み]“Sweet Heart”[#横組み終わり]だといふ風に仄めかしてあつたのだ。そして照子には、Fのことを実際の親しさ以上に吹聴してゐるのだ。
「Fはね……
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