く塗つてあつたが、その他のところは藁で出来てゐた。彼は、自分の浅猿しい姿に初めて気づいたやうに、茫然とした。そこで彼は、気が狂つて、無茶苦茶な舞踏を演じた。……狂気、乱酔、哄笑、それらの渦の中で踊り狂つた。――彼は、自分が操り人形の身であることを忘れてしまつた。糸が皆な切れてしまつた。ガチャリといふ音がして、板の間に倒れた時、ああ俺は人形だつたんだな――と気附いた。もう遅かつた。彼は、恨めしさうにピッカリと眼を開けた儘天井を睨んだ。……静かに幕。
 私は、そんな馬鹿馬鹿しい空想に走つて、間の抜けた苦笑を洩らした。
 私は、執筆は断念して藤田に手紙を書いた。
「いつか君に話した恋愛小説の計画は失敗した。自身の心が小説の中へ溶け込んで行くと、僕はその苦痛に閉口してしまふのだ。だが、やがて書くであらう。その代りとして、この間うちからドラマの計画を立て始めた。うまくまとまれば、荘厳な舞踊劇になるかも知れない。印象的なシムボリックなもののつもりだ。この頃僕の思想がリアリズムを離れてゐる、といふ標《しるし》になるであらう。」
 私は、手紙を書いただけで疲れてしまつた。藤田から手紙が貰ひ放しになつて
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