を顧みて云つたりした。
「純ちやんの仕事ッて何さ?」
「照ちやん達と、こんな風に話しをしてゐることと反対なものが僕の仕事なんだよ。」
私は、自分でも有耶無耶ながら、さう云つて何か漠然と別のことを考へたりした。
「ジュンの仕事は、朝寝坊と夜更しだらう。」
Fは、爪を磨きながら呟いた。照子は、一寸敵意を含んだ眼つきでFの指先を眺めた。
「まア、てんでんに閑な人はバカな日ばかりを送つてゐたら好いだらうよ。――どれ、また仕事の続きに取りかからうかな。」
「今晩妾の家で、Fさんをお客にしてお茶の会をするんだが、ぢや純ちやんは来られないね。」
「大嫌ひだ。仕事がなくつたつて御免蒙る。」
私は、さう云つたが一寸羨しかつた。さういふ家の中の会合なら、また何か出たら目をやつて、彼女達の眼を牽くやうなことが出来ないわけでもない。この間の晩などは、私は調子に乗つて長持の中から虫臭い裃を取り出して、
「われわれの国の昔の風俗習慣を見せてやらう。」とFに云つて、刀を持つて立ち上つた。「危いよ。」と、照子が云ふと、私はここぞと云はんばかりに、見物を次の間にさがらせ、十畳間の真中に突ッ立つて、
「ヤア!」と叫んで、ギラリと白刃を抜き放つて見せた。そして仮想の敵を描いて、正眼の構へをした。太刀の方を用ひたかつたのだが、それは重たくてとても振り回せないので小刀を用ひた。何か芝居の真似事をして見せたかつたのだが、私は何の台詞も知らなかつたので、ただ縦横無尽に切りまくつた。長押から槍を取り降して、それをしご[#「しご」に傍点]いて見せもした。かういふ単独の業なら、私も相当巧みだつた。
「なにしろ僕は、武士の子だからね。町人風情の照子とか、毛唐人のFなどは、これが若し昔ならとうに吾輩の手打になつてゐるところだ。」
裃の肩を脱いで、一休みした時、私は、そんなことを云つて笑はせたが、ふと「まつたく昔なら……」といふ気がした。
「今夜は、仮装会をして遊びませうよ。」と、Fは照子に云つた。
「Fさんはジュンの学校服を借りて大学生になりなさいよ。妾は龍二の野球のユニフォームを借りますわ。」
多分嘘だらうと私は思つた。
二三日雨が降り続いた。私は、救はれた思ひがした。終日、机に向つて痴想に耽り続けた。夜になるとFを相手に、相変らず馬鹿馬鹿しい騒ぎをした。照子は、蓄音機の音楽でFにダンスを習つたりした。
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