そして、凝と静かな陽を浴びてゐた。私は、それらの靴下に凝と眼を注いでゐた。
「退屈だから、ミス・テルコを訪れて見ようぢやないか。」と、Fは云つた。
勿論私は、極力反対した。到頭Fの感情を害ねてしまつた程、それほど熱心に反対したのである。
私は、床の間の端に座蒲団の折つたのをあてて、そこを枕にして上向けに寝転んで、黒い天井を眺めてゐた。
Fと照子は、縁側に近い処に椅子を向ひ合はせて、切りに巧みな会話を続けてゐた。
「テルコさんと知り合ひになつてから、妾は大変幸福になりました。」
「ジュンから聞いたあなたの印象と、お目にかかつて以来の感じとはまるで別ぢやありませんか、ジュンは何といふ嘘つきでせう。」
照子は、半ば私を意識に容れて、そして私をからかふためにそんなことを喋つた。Fが私のことを自国の習慣に従つて、「ジュン」と呼び棄てにするのを、照子は真似たのである。
「お世辞がうまいでせう。」
Fは、さう云つて巧みに笑つた。勿論私は、Fと照子が知合ひになつた翌日から、二人からすつかり除け者にされてしまつたのである。彼女等は、私を軽蔑にさへ価しない者として取扱つてゐるといふ風だつた。
音楽の話、芝居の話、オペラの話、結婚の話などが主に彼女達の話材だつた。そして、そのうちの何れに就いても私は無関係で唖だつた。
彼女等に取り入る一つの手段として、何か一つ自分も相当の知識を披瀝したいものだ――私は、無暗とあせつたが、凡てが夢になるより他になかつた。
私は、静かに眼を閉ぢた。……(こんな馬鹿女達を相手にして、焦々するなんて俺も甘いものだな。――)口惜し紛れにそんな独言を浮べて見たが、少しも力が入らなかつた。却つて、甘い悲しさを煽りたてて、不快の度を強めるばかりだつた。
「ジュンは眠つてしまつた。」
ふと私の耳に、Fの声が伝つた。私は、胸でにやりとして、眠つた真似をした。
「なんとなく気の毒な気がしますね。」
「彼のダッディが、ずつと前彼のことを Foolish だつて云つたことがあります。」
「ホッホッホ。」と、照子は堪らなさうに忍び笑ひをした。
私の友達の山村と、照子の弟の一年前中学を卒業した龍二と、私と、Fと、照子と蜜柑山の方へ散歩に出かけた。
「秋になると、この辺一帯が黄色い蜜柑ですつかり覆はれてしまひますのよ。」
照子は、Fの質問に答へて、洋傘の先で眼の
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