下の畑やら、上の丘などの青い樹を指し示したりした。
「純ちやんところの蜜柑畑はこの辺ぢやなかつたかしら。――あの花を折つたつて構はないだらうね。」
「ああ構はないとも、よそのだつて構ふものか。」
「龍ちやん、あのハチスの花をとつてお出でよ。」と、照子は弟に命じた。龍二は、懐ろからジヤックナイフを取り出して、二三本のハチスの花を切つて来た。
「Fさん、山村さんのボタンに一つさして上げなさいな。」などと照子は、噪いで云つた。山村は、赭い顔をして、細い上りの道を駆けて行つた。Fは、ポケットからのべつに菓子を撮み出してムシャムシャと頬張りながら「オレンヂのシイズンになつたら、また妾は訪れませう。その時分はジュンは居ないだらうが、あなたと、あなたの龍二が居れば充分だから。」と云ひながら龍二の肩を叩いたりした。
丘の中腹を一周して、私達は帰り路についた。私達は中学の裏から運動場へ出たのである。
「ここが皆なの出た中学なんですよ。」と照子は、Fに説明した。
「おお、ナイス、グラウンド!」
「山村さんと龍二は、このグラウンドの人気者なんですよ。」
照子は、さう云つて、運動会の時の話などをした。日曜の午後で、広い運動場には子供が二三人隅の方で遊んでゐるより他に人影はなかつた。
そこは、旧式の運動の盛んな学校だつた。卒業生の大半は、陸軍士官学校と海軍兵学校を志願した。運動場の周囲には様々な体操器具が堂々と立ち並んでゐた。――十二階段、平行棒、飛越台、木馬、棚、幅飛び、棒飛び、梁木、遊動円木、天秤台、機械体操、射撃場、名前は忘れたが、穴の上に丸太が渡してある処――その上で二人の者がそれぞれ一本の腕で争ひ穴の中へ落し合ふ場所である丸太橋――。
「ここで暫く遊んで行きませう。」と、Fが先に云ひ出した。私は、厭だと主張したが、照子は聴き入れずに、
「皆なの運動を見物しようぢやありませんか。」
と、云つて山村や龍二を促した。
「うん、やらう。」と山村は云つた。
「俺は、暫くやらないから巧くやれるかどうかね。」などと云ひながらも、龍二も賛成した。そして私達は、先づ機械体操の前に集つたのである。山村と龍二は、シャツ一枚になつた。
Fと、照子と、私は隅の芝生に腰を降して熱心な眼を視張つた。
「妾は、未だかういふ種類の運動を見たことがない。」と、Fは云つた。
「僕は、かういふ種類のミリタリステ
前へ
次へ
全16ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング