フエンシングが、私は近頃大分自信がついたから、明日は一つ峠の野山に赴いて、馬上のままで渡り合ふて見ようではないか――」
「承知しました。――さつき先生が剣を抱へてお帰りになつた様子を見た時、私は、遂々ラ・マンチアの紳士を連想してしまひました。」
「では余ツ程私の容色は憂鬱気だつたのだな。さうだらう、もう一週間以来も鬚をあたる間もない程の忙しさだつたから……」
「どうぞ、そのまゝで――では一層、明日は――」私は書斎の隅に安置されてゐる氏が数年前に漸くの思ひで手に入れた西洋中世の銀色の鎧を指差して、
「之をお着になつたら如何です。私は最も花やかな空想と一処に、明日の手合せをお願ひいたし度うございますから。」
「それは私こそ望むところだが――」
氏は不図悲しさうに眼蓋を伏せた。「幾度私も着て見たか知れぬのだが、とても大き過ぎて、例へば冑を被つて見ると、庇が額までも来てしまふのだよ。決して敵はぬ。」と呟いて一層熱い憧れの眼を視張つて、凝と人型のナイトを眺めた。
――中断のかたちだが、この一文の筆は此処で急に擱く。私は此間或る雑誌で友達に宛てた手紙の一節に、「田舎から携へて来た一枚の画、ピエ
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