と何時何処でゝも心が躍つて、無闇と脚が速くなるのが習慣なのですが――」

     三

 先刻私が途中で聞いた鉄砲の音は藤屋氏が雉を打つた音だつたのだ。食卓には獲物のローストが配せられた。
 私はこのピエル・フオンの館の書斎や食堂の有様に就いて詳さに記述したいのであるが、それは別の機会に譲らなければならない。が、読者は私の此処までの筆致や形容詞に依つて、実在のピエル・フオンの堂々たる古城の有様を連想されぬことを祈る。山合ひの木立にかこまれた最も簡素な――その幾つかの棟は槌と鋸を渡されたならば私にでも建てることが出来さうなその程度の、だが飽くまでもだゝツ広い庵を想像されるだけで充分だ。そして、名称だけが物々しい幾棟かのアパートが、その昔偉い代官が住んだまゝと伝へられる薄暗い母屋をとりまいて点々と散在してゐるのだ。
 藤屋氏と私の文学談は、交々に卓上の台ランプのネジをまはしながら、何時まで経つても尽きさうもなかつた。私達は、藤屋氏の九十歳に垂んとする母堂が官許を得て、手づから醸造された世にも豊醇な酒をふくみながら、一わたりの古典文学談に区切がつくと、
「君に依つて実際上の手ほどきをされた
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