は、藤屋氏の末の娘さんであつた。
「まあ、マキノさん! お父さんはあなたからの手紙を毎日待つてゐましたわ。」
「済みません、突然今朝思ひ立つたので大急ぎで出かけて来ました。これは、あなたへの土産です。」
 私は、鉄砲を担ふやうに背に斜にくゝりつけて来た細長い花束の箱を取り降して、恭しく捧げた。私の馬の轡をとらうとするお嬢さんと、それを辞退する私とがボライトフルな争ひを交してゐると、私が今通つて来た林の中から、
「マキノ君、おゝ、たしかに吾々のマキノ君であつた。」
 と藤屋氏であつた。氏の言葉は際立つて直訳体めいてゐるのが特徴であつた。
「私は、君が山径を昇り降りして来る様子を、あの山の頂きから。」
 と氏は私が越へて来た小山の真向ひにあるところの雉子や山鳥の猟に適した禿山を振り仰いで、
「ずつと眺めてゐたんだよ。時々声をかけたが届かなかつた。そして林の中に君の姿が消えると同時に、君よりも先に此処に来着いてゐる心意《つもり》で駆け降りて来たのだが、君の脚並みは余程速かつた。君が歌ふ声高らかな唱歌が、止んだと思つたら、もう君は此処に来着いてしまつた。」
「聞えました? 私は、あの歌をうたふ
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