過ぎ野を往き丘を越へ、我等は行くよ、青き火の炎ゆる祭りの山へ――など、馬子唄調に似た悠長な胴間声で歌ひながら丸木橋を渡つて針葉樹の木立の中に入ると、更に声を洞ろに高くして、人の世の潮の流れ、嵐の雨、波に漂ひ、吹雪に目眩み、あゝ、されど吾等は飛び交ふ、自由自在に、生と死と限り知られぬ海原に、天と地の定めも忘れ野の果に、翻つては飛び行く……などゝ歌ひながら意気揚々と進んで行つた。
「コムピーエの森だな、藤屋氏にとつての――」崖から崖へ差し渡した橋を渡るとピエル・フオンの館の厳めしい門である門の傍に丸型の実物大のブロンズの楯が掛つてゐる。楯の表面に刻まれてある文字はラテン文字であるが翻訳すると「木造りの円卓酒を出し得べし、炯眼を放ちて自然を見よ、ここに奇蹟あり疑ふ勿れ」といふ意味ださうだが、訳されて見ても意味はあまり明瞭ではない。解らなくても怖るゝには当らない。この楯は訪問を知らすべき銅鑼なのである。
 私は、剣型の撥を執つて力一杯青銅の楯を叩いた。不気味な音が陰々と木立の間を縫つて行くと、音響は山彦の作用で二倍に拡大されて番兵の居眠りを呼び醒すのである。閂の音がして門の扉が左右に開くと番兵
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